第5回 株式会社ライズ 今村遼太 さん2010年06月30日
第5回のOB訪問は、株式会社ライズ・地域活性化プロジェクトリーダーとして活躍されている今村遼太氏にお話を伺いました。
今村氏は、高校、大学と野球をプレー。その後、NPB入りを目指し四国アイランドリーグ設立独立初年度に愛媛マンダリンパイレーツに入団。その後、クラブチームにてプレーし、現役を引退。
半生を通して野球をプレーした中、野球からどんなことを学んだのでしょうか。お話を伺ってきました。
高校時代

スタッフ(以下「ス」):今村さんと野球の出会いはどのようなものだったんでしょうか?
今村氏(以下「今」):本当に原点に戻ると中学生のときになります。僕達は練習試合と公式戦を含めて1回しか勝てませんでした。監督もいない中でやっていたのでそのくらい弱かったんです。山手学院は中高一貫だったので、高校ではスポーツ推薦の選手との差があってレギュラーになれずにずっと雑用をしていました。
高2の秋に、初めて背番号をもらったんです。その時に10打数5安打3三振、三振かヒットかって。(笑) 今でも覚えています。そこからはレギュラーをとりました。このときに結果を出せたということが僕にとって大きな転機になりましたね。
3年間、僕は皆よりも早くに来て練習して皆より遅くまで練習していましたから。だからその時の自信がある。それだけやったし、それがあるから何でもできる。その時ほどつらいことはなかったですから。
「ス」:高校野球はやりきれましたか?
「今」:高校野球自体はやりきった感はありました。名だたる常総学院と引き分けたりとか、静岡県で50本安打50得点したりとか。やっぱり負けたのは悔しかったですけど、高校野球としてはある程度満足できました。



